情熱は、流暢な言い回しに勝る
こんばんは。
この12月、国際コーチ連盟資格試験の条件にあてはまる研修を受講させて頂きました。
連日のセッション確認、練習が始まりました。
この年末、また少し頑張らなくてはなりません。
ケアマネジャー業の方は、新規の利用者様を地域包括支援センターから紹介頂き、また、さらに忙しくなりそうです。
最近のマイブームは、「伝える、伝わるために」について考える事。
人を動かすもの。
と聞いて、みなさんはどんな事が思い浮かびますか?
私は、感動だと思うんですよね。
心から、揺さぶられ、価値観が変化すること。
それを、人は「気づき」と表現します。
気づきとは、ある種の感動です。
「あ!そうか!」とか、「へえ〜。なるほど!」とか。
つまり、今まで持っていたモノが、ガラガラとこぼれ落ち、再生する新たな価値観。
涙が出ることもあります。
嬉しい、温かい、ほっこりした気持ちになる事も。
人は、感動すると、緊張が解かれ、リラックスし、周りに優しい気持ちになります。
そのリラックスが、新しい価値観を生むのです。
その、感動の(=心に響く)メッセージには、共通点があります。
うまく言えませんが、「まっすぐな気持ち」つまり、「嘘のない」「心から湧き出る気持ち」
何かに向き合う情熱。
「情熱は、流暢な言い回しに勝る」
どんなに無骨な言い回しでも、情熱を持って向き合う覚悟を感じとれれば、それは流暢な言い回しに勝ります。
周囲に気遣い、遠慮して声をひそめるくらいなら、本当の気持ちと向き合い、未来の扉を開けるための情熱をぶつけてみて下さい。
変化を恐れないで。
コーチは、心のブレーキを外し、目標を明らかにし、始めのアクションをサポートします。
相手の心に響く、変化の第一歩を踏み出しましょう!
進め。時々立ち止まれ!
昨年職場を移り、1年が経ちました。
積み上げてきた物を一度まっさらにし、また積み始める。
それは、過去の再生ではなく、新しい創造の世界でした。
まっさらにするには勇気が要りました。
新たな世界に飛び込むにも勇気が要りました。
社会福祉法人という箱もの世界で、上司が求める働き方ができないと、組織としてまとまらない。組織とはそういうものです。
たぶん・おそらく
箱ものに入りきれなかった。。
思いを口に出すと叶い易いといいます。
私は、居宅支援事業所という介護の現場に立ちながら、コーチングや研修講師という表現できる場所が自分には合っていたんです。
口に出していると、ちゃんと必要なところから声がかかるのですね。
起業している友人から誘いがあり、現在の職場に所属させていただくことになりました。
そこは、自分たちが専門職として学び、知識と経験を共有し、他者に還元できる土壌があり、私が行うコーチングの世界にも理解がありました。
基本給は確保できましたが、昇給は対応件数によるので、利用者0からの出発でした。
進め。進め。目標となる自分の収入は、予定の1/3の時間でクリアしました。
進め。進め。目標となる自己表現の場も、社会人組織のコミュニケーションスキルアップ研修や、ケアマネジャー研修など、素敵な出逢いを頂きました。
時々、立ち止まれ。
コーチングでは最終目標設定や、短期目標設定は、常に見直しをかける事が大事です。短期目標が達成できたので、「どこが良かったのか。」「次の目標をどこに設定するのか。」また、現状にある、「目標達成に効果的な資源は何か。」立ち止まって確認していきましょう。
1年の節目で立ち止まり、2年目の進み方を検討し、新しい目標を設定の上、また進み始めます。
2年目の目標は「バランス」。
バランスの取れた生活・仕事を目指してまいります。
バランスが取れると、息切れしません。
バランスが取れると、スタミナが持続します。
バランスが「ちょうどいい」を見つけてくれます。
進め!時々立ち止まれ!でした。
ある人を一言で言うと。。。
ある友達の事を、一言で言うと「抜かり無い」です。
遊ぶことについては、時間管理や、下調べ、体のコンディション準備や、お土産まできっちり準備し、モレ無く、抜かり無く、時に父的行動力とリーダーシップを発揮して、私たちを引き連れて遊びミッションを遂行する。カッコいい女子。
そんな話を次男に聞かせたら、「自分には無い要素。羨ましい。」との言葉。
彼の場合、あれもこれも「やりたい」とは言えるが、その行動に移す前に「あー面倒くさい」と諦めるんだとか。
ゆとり世代の、守られ与えられた世界で生きてきた次男の視点では、自らの夢や希望を叶えるための行動が見えず、どうも「面倒くさい」と言うフタが、頭にのしかかっているようです。
今日、次男と過ごした際、どうしても30分で2つの事柄を済ませる必要が生じ、どちらも実行したい私は、次男と二手に別れ、彼に任務の一つを託しました。
何しろ、いきなり彼に振ったので、また「えー!お母、してくれないの??」のリアクション。
よろしく頼むと言い残し、彼と別れ、30分後集合。
万事、自分で言うのもなんですが、突然のプレッシャーにも怯まず、アイディアを駆使する柔軟性と行動力は、現場仕事で鍛えられたのかも知れません。
無事に任務遂行を果たしました。
そんな彼から、私を一言で言うと、「アドリブ」なんだそうです。
予測外な事が起きると、土壇場で最良の道を判断し行動する。
子供は、見ていないようで、よく見ているものですね。意外にも、「母の機転と行動力を尊敬する」と話していました。
ケアマネジャーという稼業は、常に複数の解決すべき案件が頭の中に巡っています。
優先順位を上げたり下げたりしながら、自分のやる事をマネジメントしなければならないです。
アドリブ。
まあ、そんな感じかも知れません。
どちらかと言うと大雑把で、結果オーライなところもあるし、変化に合わせる要素を残して動くのは当たり前な部分でもあります。
しかし、どうせなら「順応性がある」と言ってもらいたいところです。
アドリブ=順応性×行動力
かな?
彼のネーミング力もなかなかなものですね。
成人式は無駄じゃない
暑い夏も、ようやく涼しくなってまいりました。
子供3人の母しながらケアマネジャーとコーチングをしている、はるの心智です。
私の地域では、20歳の翌年の夏に成人式が行われます。
たまたま、23歳になる長男からこんな質問が。
「成人式って、そもそも必要なん?」
若い子たちには、成人式の衣装代やそれに割く時間など、「無駄なのでは?」と思う事も多いようです。
そんな長男に、こんな話をしました。
正直、自分の時も、休みを取り、田舎に帰省して、慣れない着物着て、写真撮って、まあ大変だった。
しかし、ひとつだけ、「あの時成人式して良かった」と思うのよ。
それは、母の実家を訪れ、祖母に晴れ姿を見てもらい、「とうとう、良い大人になったね。」と言ってもらえた事。
私の母は、なかなか子供を褒めない人でした。
例え褒められても、言われ慣れない私には、歯が浮くような気分になって、何も響くものがなかった。
それが、普段そばに居ない、母方の祖母に会うと、私を愛してくれている実感があり、かけてくれる言葉には、素直に喜べました。
祖母に「良い」「大人」と言われ、存在承認と自己承認が満たされる。
愛する身内に、承認される機会でもある成人式。
認められるという存在承認や自己肯定の機会が、自己基盤を作る。
人生に何か困ったり、悩んだり、落ち込んだ時、自分の自己基盤を司るエピソードを持っているって、すごい「強み」になるのよ。
県外で、辛くても頑張れたのは、私を認め、応援してくれた家族が居るからだと言えるのよ。。
長男も、成人式を迎えた時、たくさんの大人から承認を受けたのを思い出したようです。
いつもの盆なら「墓参りはどっちでもいいや」という長男も、今年の帰省先で「来れて良かったね。」とポロリ。
成人式は済んだけど、まだまだ子供たちと話すようにしたいと思います。
子供ばかりではなく、大人になっても自己基盤は、より強くできます。
コーチング、今からでも遅くない。
アイディアやイメージを実現できる自分へ。
自己基盤をしっかり作りましょう。
私の進路を決めた奇跡=ラポール
こんにちは。はるの心智です。
7月は誕生月で、また一つ年を取るわけですが、上2人が今年から就職し、3人目の子は中3となりました。
3番目の子・次男もようやく進路を決める時期がきました。来週、その三者面談があります。
珍しく彼から私の仕事について、質問がありました。
「お母さん、どうやって仕事を決めたの?」
小学校4年のときのテレビドラマの影響で「看護師になる」と言ったこともありましたが、漠然とした憧れ程度でした。
私が職業として進路を決めたのは、中学です。
その時は、親しい友人からの誘いで、養護教諭に成ろうと誘われたのがきっかけでした。養護教諭を保健室の先生と勘違いし、「保健室で学生と接し、ケガをした子を看病する仕事は、とても楽しそうだ。」と、なんとなく友人の言葉に感化されていたのです。
そこで進学を希望し、高校の普通科に入りました。中学校から励んできた剣道部と並行して、JRC部・美術部など友達の部活に顔を出してきました。とくにJRC部では、障がい者就労施設との提携で、毎年旅行の補助員として同行し、小児麻痺や難病の人たちと交流を深めてきました。
さて、憧れの「保健室の先生」に成るべく、「保健師」を調べたところ、保健師に成るには看護師資格が必要だとわかり、まず「看護師」の養成学校を目指すことにしました。
高3、看護専門学校・大学は、県内ほとんど受けましたが、面接の緊張感からガチガチに固まり、しどろもどろや、無言になるなど、ことごとく脈がありませんでした。そんな私に、進路指導の先生は「自分が人間ドックに行った病院の看護師が優しかった」という理由で、県外の病院を紹介してくれたのてす。病院付属の看護学校は、高校卒業式の前日に試験。同高校から7人が受験しました。みな、県内の看護学校を受験し、落ちた仲間たちです。
試験は、募集50人の枠に450人の応募があり、実際には350人ほどが受けたと聞きます。7倍の難関。
くじ運が悪い。ここぞというときにはいつも失敗する…。
面接で失敗してきた私には、ほとんど、奇跡でも起きないと無理だろうと思いました。
7分の1の確率。
そこに奇跡が起きたんです。
受験番号の一つ前が、一緒に試験を受けてきたAさんで、面接試験の際、わたしたちJRC部がどんな活動をしてきたのかを熱心に語り、試験官の賛同を浴び、場を温めてくれていたのです。
面接室では試験官に笑顔で迎え入れてもらい、「先の方と同じ高校ですね。」と。おかげで、私は緊張せずにのびのびと、笑顔で思いを語ることができました。
一瞬にして話し易い雰囲気=ラポールが形成された状態になったわけです。
3月の春休みに入り、落ちた感が濃厚となり就職の誘いの声がかかるころ、合格通知をもらうことができました。
今思い返せば、友人や先生にとても助けていただきました。
さて、次男の進路は、この先どう進んでいくのでしょう。来週のの三者面談からスタートです。
「考える」を楽しもう。
今日は新月だそうです。
この前の新月は、「決戦の◯◯」って感じで、鈍く滞っていたものが、あれもこれも一度に動き出し片付いた感が強く、新月恐るべしでした。
新月の今日は、仕事もひと段落し、楽譜で言うと全休符的な日でした。
何の音も出ない日、鳴らない日。
次の動きを頭で考え準備する日。
次回の研修にどんな事を話すか。
利用者の家族さんと、どうつながりをつけるか。
忙しさで後回しにしてきた事柄を、ようやくじっくり向き合うわけです。
考えるとは、前向きな行動だなあと思います。
考えるための意欲や、時間の準備、考えるための情報収集もしたり、誠にエネルギーが要ります。
コーチをやっていると、よく意欲的なクライアントに出逢います。
積極的に、考え、行動するのをサポートすると、化学変化のようにチャンスに恵まれる事もしばしば。
飛躍的に場面が変化するクライアントさんもいらっしゃいます。
そういえば、ケアマネジャーって、考えるのが日常で、考えっぱなし。
化学変化もまた、楽しみです。